- 佐藤直方과 李退溪
- 佐藤直方と李退渓
- ㆍ 저자명
- 田尻 祐一郎,(진영민 譯)
- ㆍ 간행물명
- 퇴계학논집KCI
- ㆍ 권/호정보
- 2009년|5권 (통권5호)|pp.1-12 (12 pages)
- ㆍ 발행정보
- 영남퇴계학연구원|한국
- ㆍ 파일정보
- 정기간행물|KOR| PDF텍스트(0.72MB)
- ㆍ 주제분야
- 인문학
도쿠가와(徳川) 일본의 朱子學派중에서 야마자키 안사이(山崎闇 斉, 1618~1682)와 그 학파가 李退溪를 깊이 존경한 것은 잘 알려 져 있다. 졸저 야마자키 안사이의 세계 (山崎闇斉の世界, 2006)에 서도 지적한 바 있는데, 각각의 문제에 대해 李退溪사상에 共鳴했 다기보다, 大全을 필두로 하는 후세의 이차적인 편찬물에 의지하 는 것이 아니라 철저하게 朱子본인의 말을 읽고 이해하는 것으로, 살아 있는 시대와 공간의 차이를 뛰어넘어 朱子내면에 직접 도달 할 수 있다. 안자이의 高弟였던 사토 나오가타(佐藤直方, 1650~1719)는, 儒敎 와 神道, 그곳에 兩從之理는 있을 수 없으며, 宇宙之間, 一理而 已( 討論筆記)라고 단언하며 神道의 가치를 결코 인정하지 않았 다. 그 점에서 스승인 안자이와는 대조적이다. 그래서 안자이 門人 중에서는 가장 확실하게 나오가타가 李退溪를 가장 尊敬·顯彰하고 있다.
江戸時代の朱子学や陽明学を考える時には、中国や朝鮮とは決定的に違っ た社会的・思想的な状況の中でそれらが展開したことを考えなければならな い。まず社会的というのは、既に多くの論者が指摘するように、制度として の科挙や礼楽のない江戸時代において、朱子学は正統イデオロギーなどでは ありえないということであり、当然ながら陽明学の意味も日本に独自のもの があるということである。中国や朝鮮の朱子学や陽明学のイメージで、江戸 時代のそれらを見てはならない。次に思想的というのは、仁斎学や徂徠学と いう、まったく予想もつかない儒学の異端が現れたということであり、後に は国学や蘭学の挑戦を受けながら、江戸時代の朱子学や陽明学があったとい うことである。江戸時代の朱子学や陽明学は、朱子学・陽明学の対抗という 面と同時に、これらの新しい異端ともぶつかり合いながら思想を深めようと しているのである。社会的な面に比べて、こちらの面の考察はあまり進んで いないように思われる。 この論文では、 理の思想家として知られる佐藤直方(1650~171 9)の朱子学が、仁斎学を論敵として見据えて、直方の陽明学批判の意味が 実は仁斎学批判でもあることを明らかにしようとした。直方に即して言え ば、陽明学の亜種として仁斎学があるのであって、陽明学批判を徹底すれ ば、仁斎学の異端性は白日のもとにさらされるはずなのである。もう一つ、 この論文で主張したことは、直方が李退渓から学ぼうとしたのは、自らの生 きる時代の状況の中でぶつかる問題克服の道を、朱子との対話の中から探ろ うとする姿勢だったということである。朱子の思想を教科書のように学ぼう とすれば、それは朱子を学ぶことではないと強く自覚されていた。 私たちが簡単に朱子学・陽明学と言ってしまう思想家の、問題関心の襞 (ひだ)に入って史料を読むことが、新しい江戸時代の思想史像を作ること になると思う。
1. 야마자키 안사이(山崎闇斉)와 李退溪 2. 사토 나오가타(佐藤直方)와 李退溪